2019年7月6日土曜日

光を追う

2ヶ月過ぎたくらいのことだろうか。
子供が、扉の先の光などを眼で光を追うようになった。
その方を見る。

人間の眼は闇を追うことなく、光を追うように本能づけられている。
始めからそう方向づけられている。

音の中から闇が生まれ、闇の中に光が生じる。
本能の順序。
そして、始めの音の裡には声と言葉が含まれる。
音が先か、声か、言葉が先か?

梟などは、闇を見る。
光には眼を閉ざしている。
梟にはハンターの性質として、始めから音も声も言葉も無い。
彼らは、影から産まれ、影の裡で死ぬ。

人間と梟は対立していると思う。
象徴の裡で。
本当の知性を授けるのは、梟か蛇か?
その知性は象徴的な知性なのだろうか、現実的な知性なのだろうか?

いずれにしても、人間の運命として、闇の中で光を眼で追っている。この時、身体は思うように動かない。
いまだ親の腕の中に居て、そこが常に居るべき処となる。親の責任は重大ということだ。

そして数ヵ月後、光へと歩きだし、象徴の世界に足を踏み入れる。

2019年6月30日日曜日

孝行息子

出産一時金というものがある。
子供を産むと、国から42万円貰える。
東京の病院で入院して出産すると大体60万円位が相場となるのですが、その差額を個人が病院に支払うというようなシステムになっています。

画像は今回の助産院での出産における領収書です。
金額が37万円となっています。
この場合、差額を国から貰えるわけです。
役所に申請したら5万円妻の口座に入金されました。

この領収書のポイントは「分娩管理費」で、ここになにも書いてないですが、これは、助産師さんが家に来る前に、私が子供を取り上げたので、記載が無くお金がかかってないということ。
普通は助産師さんに来てもらって、家で待機している間、時給換算で費用がかかるわけです。
ここが0円なので、その分、儲かったね~、という話です。
流石は貧乏人の息子。出産時から、空気を読んで出てくるね。
家族で助け合って生きていきます。

産まれる前も愉氣のみ。
分娩は自前。
産まれた後も愉氣のみ。

金が無いから結婚できない、子供がつくれない、というのは嘘です。思い込みです。

2019年6月29日土曜日

生まれた時と死ぬ時

生まれた時と死ぬ時、その時だけ整体である、身体が整っている、と言われる。

子供を観ていると確かにその通りで、どんどんと少しづつ身体が歪んでいく。
はじめはまっさらだった。

何かをしようとする時に、ある体勢をとる。
たとえば、寝る時には、頚を弛めようとする。そういう格好をする。その時身体は歪む。歪まないと眠れない。

ミルクを飲むのも同じ。
飲みすぎで内臓を使っている時にも、腰椎2番が捩れて歪んでいる。

「ずり這い」というのをさせる。
ハイハイの練習として、出来なくても、うつ伏せにさせる。もぞもぞ動いているが、観ていると腰椎1番や足首が緊張している。

生きているだけで、明らかに身体が歪んでいく。
立位になったら尚更だ。
緊張してもリラックスしても、寝ても覚めても身体は歪んでいる。
身体の左右の均整をとれば、整体、などという一般の考えは馬鹿げている。

そして、体癖というのは身体の習慣化された使い方、以前であり、それ以上のものなのだろう。

2019年6月2日日曜日

ドラッグ

私は基本的にドラッグが嫌いだ。
闇市場に流れているドラッグは明確な意図をもってある種の人々によってプロモートされている。

いわゆるヒップスターはソフトドラッグに寛容な思想を持っていて、SNSその他で、何事かを喚いているが、そういった思想も当然ある種の人々によってプロモートされコントロールされている。
ドラッグを否定すると、気の小さいスクエアな感性と思考の持ち主だと分類される。若者はその種の人間としてカテゴライズされることに反発するだろう。
そう仕向けられている。
今日では、ドラッグと結びついた、思想、サウンド、ファッション、ヴィジュアル、すべてが誰かに都合のいいように最適値に調整されている。

現在の日本に存在するすべてのドラッグは、日本人の身体と精神を破壊する目的のために流通している。
ドラッグは、日本人の金を巻き上げ、さらに家庭を破壊する、という兵器としての意図を明確に持っている。
構図はアヘン戦争の時代となんら変わりはない。

ドラッグを使用すると、音感や色彩感が良くなる、などというが、ドラッグを使用して創作した音楽や映像を鑑賞すると、任意のドラッグは任意の感覚にのみ回路を開くが、それ以外の感覚は遮断する。
どの民族どの人種、年齢性別のいかんに関わらず、ドラッグを使用すれば、身体的精神的背景は剥奪されグローバルな感覚に方向づけられる。
ドラッグを使用して創作すると、その作品はローカルなものには絶対になりえない。
こういった特異な状態の感覚がテクノロジーと結合して、人間を獣の状態に貶めている。

「四十八茶百鼠」とかいうが、日本の古人は様々な歴史的背景の中で、精妙で繊細な色彩感覚を持っていた。音感も同様に。
この種の各民族の歴史的背景に由来する身体的感覚の多様性は、ドラッグと、ドラッグに寛容であるべきとするリベラル思想を諸国民の間に流し込みさえすれば、簡単に破壊できる。

ポップカルチャーと結合している音楽を聴くと、各人種民族の感覚をある一つの方向に向けて整流しようという意図を感じる。
ひらたくいうと、創作者が黒人であれ白人であれ日本人であれ、すべて同じ音楽に聴こえる。
現在の私の耳には。
ドラッグとテクノロジーの強度の結合の影響が、この均質化の原因の中心になっている。

と、ここまで書いてきてなんなんですが、私自身はドラッグを使用して作成した芸術作品にはとても親しみがあり、好きなものが多くある。
というより、自分の好きな芸術作品でドラッグが関与していないものの方が少ない。ほぼない、ともいえる。
若い頃から知らず知らずそういった作品を摂取してきて、美的な価値観を操作されてきた、ということですが……。

私の世代はもう駄目ですが、子供には浮世絵に描かれている多彩な色彩を見せて育てたいのです。本当は。
でも、街に出れば、LSDや大麻やコンピューターグラフィックスによって培われた色彩に、眼を攻撃されます。

私がノイズにこだわりがあるのは、もうどっちみち元には戻れないから、押しつぶして、再生するしかないと感じているからです。

2019年5月10日金曜日

産熟体操

整体出産をしなかった場合に産熟体操という骨盤を閉める体操を行う。

出産から35日目に行う、と野口先生はおっしゃっている。
大体5週間くらいとなる。

これは我々はやらなかった。

まず、完璧な整体出産ではなかったものの、失敗という程でもなかったので、必要ない、ということ。

もう一つは妻が昔、ある指導者から「痩せる」と言われ、行ったところ、逆に太った、という事実があること。

整体体操というのは実際には難しい。
呼吸の間隙を突くというのは素人には至難の業である。
失敗した時はかんたんには取り返しがつかない。

師匠も来ている方に産熟体操を進めたことはない、と言っていた。
整体体操は訓練していないと出来ない。

野口先生は一般の方に対する要求度が高かったと伺っている。
本にはかんたんに書いてあるけども、かんたんには出来ない。

2019年5月2日木曜日

匂ひ

赤ちゃん、一週間までは天然のお乳のような匂ひがした。
なんともいえないよい香りだった。
まだ、ミルクもお乳も与えてないのに、そんな匂ひがした。
毎日匂ひをかいでいた。

丁度、一週間で消えた。
そこからは無臭。

四週目くらいから、頭がおっさんのような匂いになってきた。
もうちゃんと洗わないと臭い。
人間て悲しいね。
どんどん汚れていく運命なんだろうね。

産れてから初めて、息子の腹に手を当てた時、炊き立てのご飯を連想した。
何も穢れがなかった。

その後すぐに、妻の腹に手を当てると、あまりにも多層に意や情や知といったようなものが積みあがっていて、何もわからなかった。どこまでも果てがない。底がない、という印象。

産れたての赤ちゃんと対比すると、大人になるということの意味がよくわかる。

2019年4月26日金曜日

新生児のサウンドトラック2

新生児とは誕生後1ヶ月までの赤ちゃんのことをいうそうです。
もう新生児ではなくなりました。

2週目から4週目によく聴いたCD。
選択は結構適当になっていった。1~2週目と比べると、聴けるものの幅が拡がった。
少しは歌ものが聴けるようになった。
宗教音楽よりはやはり気軽に聴けるようなものがよかった。シリアスなものは疲れる。
ノイズは聴けない。
というより、赤ちゃんの泣き方、呼吸の間、と抱いたときの音源の鼓膜との近接感が、そもそものノイズの起源ではないかと思った。
ノイズを出している音楽家は赤ちゃんの時に泣ききれなかった人が童心に帰っているのかもしれない。
それを考えると、ネガティブな意匠をまとうノイジシャンの立処に別の角度から光が当てられる。
ドローンやミニマルは好きなのだが、妻が嫌がるのでほぼ却下となった。

これから先、どのような音楽に子供がどう反応するのか、興味が尽きず、楽しみでなりません。

william basinski「silent night」
cluster「curiosum」
LEVEL「SYCLA」
k.leimer「music for land and water」
blokeback「morse code in the modern age:across the americas」
takagi masakatsu「airs note」
「風の谷のナウシカ オリジナルサウンドトラック」
「kankyo ongaku: japanese ambient,environmental & new age music 1980-1990」

2019年4月25日木曜日

体脂とB郡容血性連鎖球菌

準備していたことがあまり意味が無かったりする。

生まれたばかりの赤ちゃんには、体脂というぬるぬるした脂で覆われていて、その脂は石鹸などで落とさない方がよい、とされている。
病院で出産すると、問答無用できれいに洗われたりする。

事前の助産師さんとの打ち合わせで、体脂はそのままにしてくれ、とお願いしました。
出産時には助産師さんが間に合わずに私が取り上げたのですが、赤ちゃんには元々ほぼ体脂は付いていませんでした。

理由はわかりませんが、個人差があるようで、体脂が多い子も少ない子もいるみたいです。

もうひとつ。
妻はB郡溶連菌に感染していました。この菌自体はありふれた常在菌で、大人にはとくに悪さをしません(妊婦が感染している確率は10%から30%です)。
ですが、赤ちゃんが産道を通る時に、お母さんの膣経由で感染すると、1万人の赤ちゃんのうち、5人が感染症を発症し、15%が死亡するとされています。
対処としては、出産時に抗生物質を点滴で母体に投与することで、その感染率を低下させる、とうことで、助産師さんに点滴をしてもらうことになっていました。

これも助産師さんが間に合わなかったわけで、点滴をしませんでした。
もし感染して、急変するなら、2、3日中に症状がでる。
もしくは遅れて発症するなら1ヶ月後くらい、とのことでしたが、結局感染症にはなりませんでした。

準備して警戒していたことが、実際には起きずになんでもなかった例となりました。
こういったことは育児の忙しさの中で、どしどし忘れていきます。

2019年4月22日月曜日

6週間薄暗い中で生活する

出産から6週間は母子ともに眼の保護のため、光を制限し薄暗い中で生活する。
特に最初の2週は重要とされている。

これは想像していたよりたいへんだった。
子供が抱っこしていないと眠らないので(布団に寝かすと気付いて泣いて起きてしまう)、夫婦どちらかが常に子供を抱いていないといけない。
その間、暗いので本も読めないし、スマホも見れない。
食事もその暗い部屋で食べた。
私は音楽が好きなので、その間ずっと聴いていたが、それでもギブアップしそうだった。
病気でもないのにずっと寝ていた。3時間おきに起こされてミルクをあげる。
妻と交代すると休めるかというと、そんなことなく、我々は布オムツなので、その洗濯をして干して取り込んで畳む、料理を作り、買出しに行く。
帰ってきたら、今度はまた子供を抱っこ。
この繰り返しがエンドレスで続く。
とにかく、暗いのに眠れないのが苦痛。

アクシデントも起きる。
検診に来た助産師さんに写真をとられたが、カメラの操作に不慣れで、子供の近距離正面でフラッシュを3回ぐらい焚かれた。
ほんとうに参る。
その日は延々と、眼とお腹に愉氣をした。

2週目くらいから、眼が大きくなってきた。
まぶたが大きく開く。

3週目に入り、少し部屋を明るくした。
するとじょじょに光源に興味があるようで、明るい方ばかり見ている。明るい処に行きたい感じのようだ。
隣の部屋に電気を付けていると、その方ばかり見る。

最近は部屋を少し明るくして、光に慣れさせている。
正式には、6週くらい経ってから、足から直射日光にあてて、さらに少しづつ光に慣れさせるのだけど、実際そこまでできるのか、やるのか、今のところはわからない。
こちらの体力しだい。

2019年4月19日金曜日

入浴

入浴に関しては野口晴哉先生の『育児の本』に於ける「赤ちゃんの入浴」という章にて入浴法の解説があります。
また、堅田浩敬先生の『整体操法講座記録 育児編』に於いても詳細な記述があります。

私は事前にこれらを読んでいたので、意気込んでいました。
赤ちゃんのエネルギーはすべて入浴で分散させてみせるぞ、と。

実際に行ってみますと、整体的な入浴など、ほぼ不可能です。夫婦二人では。

「入浴は体を洗うのが目的ではなく赤ん坊の運動が主目的である」とありますが、泣きじゃくるうんこまみれの赤ちゃんは、溺れさせずに入浴させて汚れを落とすことで精一杯です。
指し湯をして温度を変化させながらの入浴も、できなくはないですが、厳密に温度を測りながらなど、到底出来ません。
現今の核家族での新生児の育児の忙しさと疲労は尋常ではない。
私ども夫婦は一日24時間、赤ちゃんに付きっ切りですが、それでもたいへんです。
旦那さんが、サラリーマンなどしていて、日中は一人で子守している奥様などは、氣が狂うと思います。

そういった現実が、今回の出産と育児で実地に経験できたことはたいへんにありがたいことです。

ともかく、入浴に関しては野口先生と違い、女中さんやお弟子さんがいない我々には、厳密な入浴は不可能と判断し、ひたすらうんこを洗い落とす日々です。

それでも、ぬるいところから、じょじょに熱くしていって、引き締めたところで、5分以内に出す、などは行っています。
夫婦二人だけの育児である場合、それで十分だと思います。