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2021年8月23日月曜日

風邪

子供を観ていると風邪を引くと、引くたびに成長する。
これは明らか。
風邪が節目となる。

風邪により何かが身体で起きている。

ウイルスにより風邪を引くは虚偽。
身体により風邪を引くも虚偽。
必要な時に必要なことが起きるが真。

身体が出来事を経過しうるかは氣の持ちよう。
氣が身体を導くように感じる。
感じるのであって、考えていない。
氣が壊れれば身体も壊れる。

何が生じるかはわからない。
ただただ謎。
正解には斬近しうるが、到達しない。
翻弄される裡で氣を保つと、前が観えてくる。
前とは身体の全面の空間。

病後、前面の空間が改まる印象。
空間が変形する。
身体はそれに応じる。
氣が空間の先にある。

2019年4月7日日曜日

氣の方向

赤ちゃんがお乳を吸っている時、後頭部を愉氣するとよいという。
野口先生の講義録によると、頚椎3番に愉氣をする、とおっしゃっている。頚椎3番の含意はよくわからない。鼻呼吸の通りをよくするためだろうか(『育児の本』P.121に「3番を冷やしたときには吸う力が弱くなる」とあります)。

先日言われている通りに後頭部に愉氣していると、氣の方向が口から後頭部へという流れだった。
考えれば当然だけど、お乳の流れる方向に氣が流れていた。

やはり野口整体は、こちらが働きかけて「やってやる」とか「治してやる」という心と身体の動きとは正反対の氣が根本にあって成立していると思う。

だとしたら、最終的に氣は面から線にそして点に、最後に無になるべきものだろう。
少なくとも野口晴哉の氣はそういうものだったのではないか、と。
あくまでも、現状の私の水準に於ける理解ですが。

毎日の育児が勉強です。
わが子から学ぶことは多くあります。

2019年2月10日日曜日

氣

愉氣とは、身体を敏感にするためのもの。
それは病の消去の為のものではない。

朝であるとか、溌剌とした時に、これから活動しようという時になされるのが本来であると思う。

だとするなら、愉氣とは、その本質はいわゆるヒーリングではない。

昔は輸氣と書いた。
ある時期から愉氣となった。

定義したのは野口晴哉だ。

輸氣でも愉氣でも、変わらないのは、氣、だ。
野口晴哉が語の表記を変えた瞬間に、氣が変わったか。
氣が変わったから、語の表記を変えたか。

氣の表意は変化するものなのか。
変化しなければ、表記を変えないだろう。
とはいえ、その変化は野口晴哉にとって一生に一度の変化であった。
それ以降は表記を変えていない。

ひとつだけ言えることは、輸から愉に表記を変え、そこに氣を固定したことで、氣が、それ以来、整体に関わる者にとっては、人間的なものなった、ということだ。

輸氣は、物質であり、なんらかの形で物理的にスペースを占有している。
愉氣は、感覚であり、情感の集注。

病の消去にではなく、人間であることに集注すること。
そのこと自体が健康に至る道であることは、戦後の現実を直視すればわかることだ。

2019年1月11日金曜日

手が溶ける

お腹の子に愉氣していたら、手が溶けていった。
こういう手で愉氣するんだよ~、と教えてもらってるようだった。

子からやってくる氣を、こちらが、そこに手を合わせる感じ。
拮抗が整体の基本であるわけだけど、それが感覚的に理解できた。
氣が拮抗する時にだけ、集注の点が移動する感じがある。

いきなり懐に入るべきでない?

しかし、手が溶けるとはどういうことか。
もちろん内観的な手であるわけだけど、よくわからない。

他者に触れるときの皮膜が別の処に移動したのだろうか。

2018年12月2日日曜日

平成30年冬の穴追い

師匠に穴追い時にひと手間かけてルートを浮かび上がらせる方法を教わる。

冬場は穴追いの季節であり、一年の大掃除のために行う。
潜在しているものを浮かび上がらせてから、穴追いをする。

浮かび上がった私のルートが、頭部第一から、二、三、四、五、そこから、頚椎2番をくるっと廻って、頚椎3番、そして左の下頸、左肘、左拇指、で終了。

もう、一年は上下の体勢のままで頭を使い続けている。自分でもしんどい。
頭部第一から始まる穴追いは珍しい。

2018年11月21日水曜日

腰が起きる

妻のお腹に愉氣していていると、自然と腰が起きてきた。
勝手に腰が決まった。
じーっと集注していると、何処に集注しているのかわからなくなってくる。
お腹の子供に愉氣をすると、どうしても愉氣をされている氣がする。
胎児は私よりも存在が大きい。
これは確かだと思う。
世に言う「親ばか」という状態は、この感覚の大衆化された感情ではないか。

この時の私の場合は腰椎3番に焦点が合い、ギギギと菱形が回転するような感じで、撞木の型の中に入っていくようだった。
自動的に自然に撞木の型に向けて動き居住まいを正した。
妻との距離感も最適な位置に調整されていった。
そして腰椎3番を中心として腰が起きていった。
下腹に子宮を感じる。

父になるというのはこういうことを言うのか。
父母子と三角形ができていた。
現代思想の側からは悪とされるこの三角形だが、私の感じたのは抽象的な理念ではない。
当たり前だが、何万年も昔から、人類はこの三角形の位置取りをして、家族生活を送ってきたわけで、その位置で身体が馴染むのは当然だろう。

善でも悪でもなく自然であり、この自然の中に居ることが、適。
この感覚を拒否すれば、道を外れる、と直観した。

私のこのここまでの文章は、ポリティカルにコレクトだろうか?
ほんとうに、愚かなことだと思う。
私たち日本人は、大きくは洗脳されていると思う。

わからなくなったら、ご先祖様に従うべきだ。
何故なら、古人は洗脳されていないからだ。
完璧な正しい答えをすべて知っているのは、人工知能ではなく、ご先祖様だ。





2018年10月3日水曜日

受胎から出産までの日数

平成16年5月23日の中等講座第二講での岡島瑞徳先生によると、

「受胎から出産までに日数は決まっていまして263日目で生まれる。それに狂いがあったら間違っている。何か身体に狂いがある。最初に胎動があった日から131日目で生まれる」

とのこと。
そして、これは何時の講義か定かではないですが、野口裕之先生の講義要旨によると、分娩予定日として、

「受胎から263日~5日」
「最初の胎動のあった日の翌日から131日目これは胎児への注意を集める方法でもある」

とある。
さらに野口晴哉先生の『誕生前後の生活』(昭和48年)によると、

「やはりちゃんと二百七十三日お腹にいないと駄目なのです」

とあります。
誤植だろうか。
一体、誰を信じるべきか?
それは当然、野口晴哉先生、と言いたいところですが、野口先生は『女である時期』に於いて女性の生理周期が明治大正昭和で変動してきたことを書いておられます。
徐々に短くなってきたようです。
栄養状態の変化か、観念の変化、社会全体のリズムの変化によるのでしょうか?

受胎から出産までの日数も、誰の言うことが正しいのか、というよりも、それはあくまで理想であるということを理解すべきでしょう。
我々は、上述の偉大な先生方のおっしゃっていたことよりも、今の時代に生きて生活している人間を見つめるべきなのでしょう。

古い資料は、やはり参考資料なのでしょう。
帝王切開は駄目で、自然分娩が絶対的に正しいとは、今の時代に生きている私には言えません。
理想と現実は違います。
どこかで妥協せざるを得ないです。

しかし、目前の身体に集注しようとすると、必ず国家が立ち上がる。
国家を思考せざるを得なくなる。
そして日本という国家をこのような形態に変形した勢力に対して思考すべきだとも思う。

私が、身体に着手しようとすると、2種体勢になる、その理由の一つ。







2018年9月26日水曜日

妊婦、そして胎児に愉氣

妊婦、そして胎児に愉氣をする経験が、認識を変える。
氣は送るモノでなく、送られるモノでもなく、複数人が和合協奏する状態。

病を消去しようという氣は、生の本質から離れてゆき、資本に近づいていく。
そこで身体が資本に拘束される。

妊娠の状態は病ではない。
胎児に対する一方的な輸氣など生命の邪魔でしかない。

野口先生が輸氣から愉氣と表記を変更したのには、妊婦と胎児の存在が大きかったのではないかと思った。



2018年4月24日火曜日

硬結

昔、講座で師匠の親指に愉氣していた時、米粒の頭のようなものに触れて、これが硬結かな、と思い、じーっと愉氣していたら、それが硬結ですよ、と言われ、そうかこれがそうなのかとさらにじーっと愉氣すると、その硬結がギュルギュルッと暴れるように動き手首の方へ走っていった。

なんだこれはと思い、今動きましたよね、と確認すると、動きましたねーと言って師匠は笑った。

それが始めて硬結に触れたときであり、その印象が未だに強く残っている。
なんというか生き物のような感じがした。

最近ふと思い出したこと。


2018年1月17日水曜日

『活元操法研究会記録(昭和37年3月20日)』

昭和37年の野口先生の講義。
この頃はまだ愉気が輸気とされている。
講義中「気を送り込む」という言い方をされている。気を何らかの物質に近い存在と認識していて、その輸出入によって、病気を治すといった立場をとられている。
しかし、病人の「早く治りたい」という気に引きずられるのは良くない、とも言っている。
無理矢理はやく治せば、「病気は治ったが体は弱くなった」となり意味がないと。
気とは多義的で、相互的なものであり、不可分であり、個人的なものではなく、ある種、指導者によって制するべきものとして、語られている。

この辺りから、徐々に野口先生の、病、気、病人、触手、に対する認識が変わってきたのだろう。

野口整体をまったく知らない人に、伝えるときに困るのはこの辺で、とにかく時期によって野口先生の思考が変遷しているので、ものすごく伝えづらい。
当然現在の整体協会の整体に対する公式見解は、この頃の野口先生の見方行き方とはまったく違う。

私としてはそれぞれの時期の野口先生の思考と技術の足跡を追っていきたい。
何故こう至ったのかを知りたい。

この講義録で一番気になったのは18頁の、触手時に両手で行え、という記述。
片手で行うと時々相手の異常を貰う、とのこと。
腕や腰が痛くなったり、草臥れたり、風邪をひいたようになったりするという。

輸気の時、両手を置けばそうならないという(しかし何故だろう)。
その輸気にも、送った気をもう片方で感じるのと、能率を高めるためにただ当てておくのと、両手の間で輸気をおこなうのと、三種類あると。

この時の吹き出物の治療で使うために説明している、真ん中で呼吸する方法は一番難しいとのこと。

このような輸気(あくまで輸出入の輸の時代の輸気の話です)の方法は、私は教わっていなかった。
この方法を今現在他の野口整体を教えている道場で教えているのかも知らない。
重要なのは、これらの方法はすべて経験に基づいているということ。
理論が先にあったわけでなく、やってみた結果この方法がうまくいった、ということ。

ところで、私は師匠から、三点目に愉気をする、といわれている。
一点目と二点目(を見極めた後)にそこから手を触れていない三点目に気が響き、そこに愉気をすると。
これは師匠が独自に磨いてきた感覚であり、師匠の師匠である岡島瑞徳先生からは教わっていない、とのこと。

こういったことを最後尾から学んでいる私からすると、結構困ったことになり、どの方法を取るか、と言う話になるわけですが、結局は自分の感覚できる仕方で愉気を行うしかない。
そしてその感覚は私の中でも日々変化し更新されていく・・・。

たとえば本ブログで私が、「愉気をした」と簡単に書いていても、実際はそこに逡巡や含みがあることをご理解いただければ、という思いで、今回は、野口整体を学ぶことと、実践することの難しさを知っていただきたく、古い講義録に言及しました。

2017年9月12日火曜日

百足

寝ようとしたその瞬間、妻が百足に噛まれた。
右足の2指が腫れていた。
化膿活点に愉氣をする。
私の感じでは、硬結というほどのものはなかった。
噛まれたところも直接愉氣。

そのまま寝て翌日起きたら腫れはひいていた。

道場でその話をすると「どんなところに住んでるんだ」と皆に笑われた。

2017年9月2日土曜日

モノモライの結果を受けて、愉氣の稽古

前回のモノモライですが、報告を受けて治っていないとのことでした。
師匠がその方を観たところ、「愉氣が甘い」。
集注できてないので、愉氣が面から点になっていない。
師匠がその方を観ると、「明日あたり破裂する」とのこと。

そういう手をつくりたい、ということで、今回は着手の稽古。
まず、通常の着手を行い、次に目隠しをして着手、次に耳を塞いで着手しました。

通常の閉眼での着手と、目と、耳を塞ぐ着手は、まったく違うものでした。
私はこの時、目と耳は自身の外部を認識するためだけのものでなく、自身(他者も含む)の内側、を内観するための器官でもあることを確信しました。
眼は、科学的医学的には身体外部からの光の受光器官となるのでしょうが、それ以上のものだと思います。
耳も同様だと思います。

「鼻も塞いだらどうか?」と妻が言っていましたが、そうすると口呼吸になるから無理だねと皆で笑っていました。

一夜明けて今日、目と耳を同時に塞いで、師匠に愉氣をしました。
「ぼくが感じている感覚と近い」と師匠は言っていました。

しかしまだ「もどかしい、もう一つ入ってこれてない」とも。
たしかにそうだと思いました。
もう一歩入りこめば、すべてがわかる、という印象を受けた。

師匠の目と耳を同時に塞いだ着手はすごいものでした。
吸わされる。
通常は着手で吐かせるわけですが、この時は吸わされました。
この「吸う」というのも、緊張で息を吸ってしまうのでなく、自分の本来的な呼吸に誘導されている感覚でした。
ぐわーっと吸わされました。
「それが君の呼吸だよ。人によっては、すーっと吸う」。

ちなみに、妻の愉氣は質がわれわれと違って、包み込むような愉氣で、目と耳を塞ぐと、地球の真裏に貫通するような愉氣へと変化しました。
人によって愉氣の質も違うわけです。

昨日今日は師匠に岡島道場時代、そしてそれ以前の修行時代の話も聞け、勉強になりました。





2017年8月29日火曜日

モノモライ

スペイン人の男性のモノモライの愉氣をさせていただく。
正確には麦粒腫という。

たまたま読んでいた「整体操法読本巻三各論」において、モノモライの対処法が書かれている。
野口先生は「多くは一回又はニ、三回にて治癒する」と書いておられるが、師匠は「一日で治らなければ愉氣ができていない」と言っていた。

教わった愉氣の仕方は「整体操法読本」に記載されている方法とは若干違ったが、いずれにしても愉氣が主体だ。

まず、眼の第一に愉氣。
それから、ふちに沿って、穴追い。
最後に対象部位に点の愉氣。

終わった後の帰りに、そのスペイン人男性に「(治るまで)ニシュウカンカカルネ」と冗談で言われた。