中腰を何度でも稽古。
師匠の2側を押圧。
「ああ、これじゃあ指を壊す」
「もっと細く」
どう押さえても無理。
こんどは妻の1側を押さえる。
必死に鼠頸部を締める。
「全然入ってこない」
そこで、師匠が私の後ろに廻り、二人羽織りの形で私の骨盤に触れ、締める。
とてつもない力で骨盤が引き締まる。
足がもたなく、立っていられない。
しかし、指の力が抜け、指が点になる。
その時、さんざん言われていたのはこの感覚かあ、と思った。
その後、もう一度師匠の背中を押さえると、「ああ、少しは点になってきた」とのこと。
野口整体における中腰。
これは完全に非日常の身体操作であって、現在の日本の日常の延長にはこの動きは存在しない。
これは日本の古人の身体の捌きで、とはいえしかし、剣術のように真剣の存在を前提とした身体の操作ともまた違うような感触を受けた。
私の師匠の師匠である岡島瑞徳先生は黒田鉄山先生から古武術を学ばれていて、私の師匠も修行時代、大宮の振武館まで伺い稽古をさせていただいたとのことであった。
整体のほんとうの中腰を体感すると、どうもこの非日常性は、掌を介した感覚と結びついた9種体癖独特の引き締める動作と、また、他者の1側、つまり無意識の領域に直接に入り込む意志によるもので、だから、完全に日本の古人の動きかというとそうでもなく、半分は明治以降の日本の近代人の身体の捌きなのではないか、という印象を抱いた。
古武術はとてつもなく素晴らしいものだし、勉強にもなりますが、整体における身体捌きは整体操法のなかでしか、最終的には学べないのではないか、というのが今の私の仮説。
それにしても、もう明治から100年以上経ってしまった。
平成も来年で終わるとのこと。
2017年10月27日金曜日
2017年10月16日月曜日
伊勢参り
伊勢神宮にお参りに行ってまいりました。
格安の夜行バスで行きましたので体力的には大変でした。
一泊いたしまして外宮内宮と天岩戸、他にも周囲の神社にも参拝させて頂きましたが、ほんとうにすばらしいところでした。
とくに内宮ですが、「正気」という言葉の意味がようやくわかった感じです。
ここはいつまでもこのままであって欲しいと思いました。
格安の夜行バスで行きましたので体力的には大変でした。
一泊いたしまして外宮内宮と天岩戸、他にも周囲の神社にも参拝させて頂きましたが、ほんとうにすばらしいところでした。
とくに内宮ですが、「正気」という言葉の意味がようやくわかった感じです。
ここはいつまでもこのままであって欲しいと思いました。
2017年10月7日土曜日
続978操法
またまた978操法の稽古。
自分が978操法を行っている動画を自分で観ると、支点が肩にある。
下半身が使えてるつもりでも、使っていない。
棘突起に対して右手がずれてしまう。
右手の密着感が重要。
「吐かせる時に相手の呼吸を破るんだよ」
「点にしたい細くして」
「垂直に線を引き上げる」
「氣がここで切れてる下まで繋がってない」
「水落が抜けてないといけない」
最後、師匠に978操法を行う。
9番で吸わせて、7番へドンッと吐かせたところ。
「殺される~」
と逃げられた。
自分が978操法を行っている動画を自分で観ると、支点が肩にある。
下半身が使えてるつもりでも、使っていない。
棘突起に対して右手がずれてしまう。
右手の密着感が重要。
「吐かせる時に相手の呼吸を破るんだよ」
「点にしたい細くして」
「垂直に線を引き上げる」
「氣がここで切れてる下まで繋がってない」
「水落が抜けてないといけない」
最後、師匠に978操法を行う。
9番で吸わせて、7番へドンッと吐かせたところ。
「殺される~」
と逃げられた。
2017年10月3日火曜日
友人の操法
友人に操法をさせていただいた。
半分稽古を兼ねているので無料です。
場所は師匠の道場をこれもまた無料で提供して頂く。
すべてに恵まれていると思っています。
感謝してもしきれません。
腕を酷使する仕事をされている方でしたので、とくにお疲れだった左腕を中心に操法をしました。
あとで、師匠に報告すると、「(我々を観たときから)左腕をやるだろうな、と思っていたよ」とのことでした。
師匠は私を緊張させないために別の部屋で奥様とおられたのですが、私のやることなすことすべてお見通しということでした。
半分稽古を兼ねているので無料です。
場所は師匠の道場をこれもまた無料で提供して頂く。
すべてに恵まれていると思っています。
感謝してもしきれません。
腕を酷使する仕事をされている方でしたので、とくにお疲れだった左腕を中心に操法をしました。
あとで、師匠に報告すると、「(我々を観たときから)左腕をやるだろうな、と思っていたよ」とのことでした。
師匠は私を緊張させないために別の部屋で奥様とおられたのですが、私のやることなすことすべてお見通しということでした。
体勢の氣の形
体勢には氣の形がある。
ということで、計5人で氣の遊び。
それぞれの体勢を調べ、その体勢にのらない椎骨に触れ、他の人はその骨の体勢別の氣の形がまとまる配置に座りなおし、そこで行氣する、という稽古。
左右体勢はやや円形。
上下体勢は頭の上。
生理前の開閉は左側。
捩れ方は頭側と足側で逆側。
ある体勢を全うするということで、次の体勢に向かえる。
真の身体の要求に耳を傾ける。
巷間「体の声を聞く」などと、申しますが、実際には簡単なことではありません。
無形の氣を形として捉え、その形を周囲の人間の配置座り方によって整え、全うさせる。
たいへんに意義深い氣の遊びでした。
ということで、計5人で氣の遊び。
それぞれの体勢を調べ、その体勢にのらない椎骨に触れ、他の人はその骨の体勢別の氣の形がまとまる配置に座りなおし、そこで行氣する、という稽古。
左右体勢はやや円形。
上下体勢は頭の上。
生理前の開閉は左側。
捩れ方は頭側と足側で逆側。
ある体勢を全うするということで、次の体勢に向かえる。
真の身体の要求に耳を傾ける。
巷間「体の声を聞く」などと、申しますが、実際には簡単なことではありません。
無形の氣を形として捉え、その形を周囲の人間の配置座り方によって整え、全うさせる。
たいへんに意義深い氣の遊びでした。
2017年9月21日木曜日
10年前の歯の打撲の操法
突如はじまる、内々での操法。
師匠の解説を受けながらの見学。
胸椎10と5で動いて腰椎2・3間と左股関節を弛めようという動き。
右重心なのに、左に変動が出るのはおかしいとずっと思っていた、とのこと。
理由は歯の治療、インプラントから舌の動きが悪くなり、そこから消化器にきて、ポリープを作っていたのではないか、と。
操法の実際のところは、あまりに専門的になり長くなるので、省く。
10年前の打撲の硬結だよ、と言われ、愉氣してみたが、わからなかった。
終わって、施術の対象とされていた方に、お二人(私と妻)の時間を取らせてすみません、的なことを言われたが、私たちは操法を観てるだけで楽しいので逆に恐縮してしまった。
勉強になりました。
師匠の解説を受けながらの見学。
胸椎10と5で動いて腰椎2・3間と左股関節を弛めようという動き。
右重心なのに、左に変動が出るのはおかしいとずっと思っていた、とのこと。
理由は歯の治療、インプラントから舌の動きが悪くなり、そこから消化器にきて、ポリープを作っていたのではないか、と。
操法の実際のところは、あまりに専門的になり長くなるので、省く。
10年前の打撲の硬結だよ、と言われ、愉氣してみたが、わからなかった。
終わって、施術の対象とされていた方に、お二人(私と妻)の時間を取らせてすみません、的なことを言われたが、私たちは操法を観てるだけで楽しいので逆に恐縮してしまった。
勉強になりました。
2017年9月14日木曜日
『整体操法読本巻四観察の書』
個人的なメモ。
観察という概念は野口整体の中にしかないと思う。
西洋医学の観察は客観が主となるが、整体の観察は主観が主となる。
すべて指にて会すことである。
ここに書かれていることは、思想としてのみ取り出しても、とても高い重要性がある。
「整圧の構造」では身体操作として凄まじく高度な運動が、明確に言語化されている。
下手なりに操法をしている身としては圧倒された。
技術的にとても勉強になりました。
観察という概念は野口整体の中にしかないと思う。
西洋医学の観察は客観が主となるが、整体の観察は主観が主となる。
すべて指にて会すことである。
ここに書かれていることは、思想としてのみ取り出しても、とても高い重要性がある。
「整圧の構造」では身体操作として凄まじく高度な運動が、明確に言語化されている。
下手なりに操法をしている身としては圧倒された。
技術的にとても勉強になりました。
『整体操法読本巻三各論』
個人的なメモ。
本巻は各身体部分の操法の解説。
部分となると、師匠の師匠である岡島瑞徳先生のまとめ方は過不足なく合理的で無駄なくまとまっていた。
師匠から受け渡される岡島先生の残された講義録は、私にとって本当にありがたいものである。
この時代の野口先生の観方であり、また山口県での講習のために急遽執筆されたようで、それほどは深く入り込んだ記述ではない。
後語において、野口先生が整体の本義において熱く語っておられる。
この頃とは地球の生活環境も日本の法律も、大きく変わってしまった。
野口先生がここで語っておられることを、直接的におしすすめることは現在においては、もはや不可能だろう。
そこは素直に認めるしかない。
やれることをやるしかない。
本巻は各身体部分の操法の解説。
部分となると、師匠の師匠である岡島瑞徳先生のまとめ方は過不足なく合理的で無駄なくまとまっていた。
師匠から受け渡される岡島先生の残された講義録は、私にとって本当にありがたいものである。
この時代の野口先生の観方であり、また山口県での講習のために急遽執筆されたようで、それほどは深く入り込んだ記述ではない。
後語において、野口先生が整体の本義において熱く語っておられる。
この頃とは地球の生活環境も日本の法律も、大きく変わってしまった。
野口先生がここで語っておられることを、直接的におしすすめることは現在においては、もはや不可能だろう。
そこは素直に認めるしかない。
やれることをやるしかない。
2017年9月12日火曜日
百足
寝ようとしたその瞬間、妻が百足に噛まれた。
右足の2指が腫れていた。
化膿活点に愉氣をする。
私の感じでは、硬結というほどのものはなかった。
噛まれたところも直接愉氣。
そのまま寝て翌日起きたら腫れはひいていた。
道場でその話をすると「どんなところに住んでるんだ」と皆に笑われた。
右足の2指が腫れていた。
化膿活点に愉氣をする。
私の感じでは、硬結というほどのものはなかった。
噛まれたところも直接愉氣。
そのまま寝て翌日起きたら腫れはひいていた。
道場でその話をすると「どんなところに住んでるんだ」と皆に笑われた。
2017年9月10日日曜日
父と妻の操法
足首を骨折した父に操法をしに、実家に帰った。
骨折にのみ焦点をあて行った。
骨はもう繋がっている。
基本的に腰椎5番と足首、そして目への愉氣が中心となる。
父は途中で寝てしまった。
翌日師匠に報告すると、「腹で仕上げる」と言われる。以前も言われたことだけど、今回は言われたことがぴんと来た。
朝の稽古で太陽フレアによる中毒状態の妻への中毒操法を師匠の前で行う。
一連が終わり、背骨の観察をするが、変化をしていないと指摘される。
そして稽古後の予約にキャンセルが入ったからと、そのまま延長して、師匠が妻に中毒操法を行う。
まったく、無駄のない動き。
無駄な力が何処にも入っていない。
「中毒操法はサラサラできないと」と言われる。
終了後、背骨を触ると、もう、中毒の身体ではない。
中毒がつながっていたのは、胸椎11番で、この中毒が排卵に影響を与えていたとのこと。
今回は、師匠と妻と私とで、交互に操法前後で動作観察を行い、何番の椎骨で動いているかなどを、細かく観察をした。
操法点の観察は本当に難しい。
骨折にのみ焦点をあて行った。
骨はもう繋がっている。
基本的に腰椎5番と足首、そして目への愉氣が中心となる。
父は途中で寝てしまった。
翌日師匠に報告すると、「腹で仕上げる」と言われる。以前も言われたことだけど、今回は言われたことがぴんと来た。
朝の稽古で太陽フレアによる中毒状態の妻への中毒操法を師匠の前で行う。
一連が終わり、背骨の観察をするが、変化をしていないと指摘される。
そして稽古後の予約にキャンセルが入ったからと、そのまま延長して、師匠が妻に中毒操法を行う。
まったく、無駄のない動き。
無駄な力が何処にも入っていない。
「中毒操法はサラサラできないと」と言われる。
終了後、背骨を触ると、もう、中毒の身体ではない。
中毒がつながっていたのは、胸椎11番で、この中毒が排卵に影響を与えていたとのこと。
今回は、師匠と妻と私とで、交互に操法前後で動作観察を行い、何番の椎骨で動いているかなどを、細かく観察をした。
操法点の観察は本当に難しい。
登録:
投稿 (Atom)