2018年12月19日水曜日

パパママクラス

という市の運営する講座に行ってきました。

こういうのは私の趣味ではないのですが、妻が私に妊婦体験をした方がよいとのことで、いやいや行ってきたのですが、結果やっぱり来てよかったなあ、と思いました。

赤ちゃんのお風呂実習なども、人形を用いてのものでしたが、とても勉強になりました。

妊婦体験も、身体に7キロの錘を付けて、妊婦の大変さを体感することができました。

一番興味深かったのが、他の参加されたお父様がたとのお話でありました。
参加者の男性だけで、自由にお話をして下さい、と時間を設けられ本当に困った。
職業柄どうしても動作観察をしてしまうのですが、皆様腕を組んだり、身体を捻ったりするので、しょうがないので、私から色々話しました。水落の力を抜いて。

皆様、立会い出産をするかどうか、という話をされているところで私が自宅出産をする、といったところ、ギョッとされて、映画のように全員の視線が私に注がれました。
世間の常識はこうなのか、と思った瞬間でした。
核心は隠しながら、色々説明しましたが、むずかしいものだなあ、とあらためて感じたしだいです。

別に病院での出産を否定しているわけではないのですが、実際に世間並みの方々と交流すると、色々な発見があります。

それにしても、一番の驚きは、7種の私が、身体を捻って構えずに、同席者の話を水落を弛めて傾聴したことでした。
意外に成長しているな、私も、高校生の頃と比べると、という感じ。

パパママクラスで大人しく、他人の話を聴いている。たまに話を振ったりして。
これじゃまるで社会人みたいじゃないか!?



2018年12月18日火曜日

180日目

西洋医学における受胎からの日数。

夜、妻の背骨を観て愉氣をしていますと、様子が違う。
まず妊娠という状態に、背骨が馴染んでいる。
胸椎11番から下の飛出しが、板についている。
だけど、どこかおかしい。
子宮に愉氣すると痛み出す。

数ヶ月前には身体が胎児に抵抗していた。
妻の精神は喜んでいたが、身体は異物を受け入れようとしてもがいている感じだった。腹部第二が固かった。

それから、身体が胎児に徐々に馴染んできて、腹部第二も柔らかになってきて、水落もこれまでにないくらいに弛んできた。
私はその状態にひと安心していたのですが。身体はそこに留まらないようだ。

現在、身体が妊娠という状態に馴染んできたのだけど、今度は新しい硬結が胸椎7番に現れ、腹部第二もまた固くなってきた。

これは元に戻ったというのでなく、身体が異物であるお腹の子に馴染むと、今度はそこまで馴染んだ中で新たに生じた異物感を、さらに拡大するようだ。

どうもそんな感じで、螺旋状に、母と子が馴染むように、異物の拡大と、それを馴染ませる過程が進行するようだ。

馴染んだ極みに出産するのだろうか。異物が拡大された極みに出産するのだろうか。
そのことに正解不正解があるのかもわからない。

最近、私ども夫婦は子供の頃のことばかり思い出している。
どんどんと忘れていた記憶を思い出している。どちらかというと嫌な記憶。
過去を清算する必要があるのだろう。

子供は異物であり、その異物を馴染ませるための集注から、家族と文化が生まれたのか。

だとして、子供にとっての親とは何だろうか。自分は親と兄弟をその最初期にどう観ていたか。もう忘れてしまった。
それを思い出すために、子供と家族を創るのか。



2018年12月10日月曜日

助産院

助産院ではじめての検診。

産婦人科の検診と、どう違うのか興味津々で行ったのだけど、ほとんど世間話だった。

胎児の心音を聴く機械があり、それで心音を聴いた。これは産婦人科でも聴けたので、あ~心臓動いてるなあ、という感じ。
最初問題なく聴こえていたのですが、途中でとぎれて、赤ちゃんが向きを変えた、と助産師さんに言われて、やっぱりわかるんだなあ、と思いました。

手で少しお腹を押して、腹囲を測って、血圧測って。
産婦人科での検査結果を色々記入したりして、あとは世間話。

少し拍子抜けしたけど、考えてみると、昔は病院の産婦人科でもこのくらいのゆとりがあったんだろうな、と思った。
今の産婦人科はどれだけ合理的に数を捌けるか、という感じで、世間話などしてる暇はない。
助産師さんによるメンタルチェックみたいなものはあったけど、相談が出来る相手はいますか、とか、不安じゃないですか、とか、そんなこと聞かれてもねえ。
皆様まじめに取り組んでおられますが、単純に根本の制度が歪んでいる。

大体、妊娠中することなんてほとんどない。病気じゃないんだから。
世間話をしながら、ただその時を待つ、というのは正解だろう。
これが出来ない、させない社会のほうが異常だ。

2018年12月2日日曜日

平成30年冬の穴追い

師匠に穴追い時にひと手間かけてルートを浮かび上がらせる方法を教わる。

冬場は穴追いの季節であり、一年の大掃除のために行う。
潜在しているものを浮かび上がらせてから、穴追いをする。

浮かび上がった私のルートが、頭部第一から、二、三、四、五、そこから、頚椎2番をくるっと廻って、頚椎3番、そして左の下頸、左肘、左拇指、で終了。

もう、一年は上下の体勢のままで頭を使い続けている。自分でもしんどい。
頭部第一から始まる穴追いは珍しい。

大きく動く

12月1日早朝。
とても大きな胎動があった。
147日目。
ぽこぽこ動いて妻が目を覚ました。
筋肉が発達してきて、そろそろ動きが活発になるときではあったが。
そしてちょうど、4日前に師匠の操法を受けていた。

ちなみにお腹の子は人がたくさんいるところに行った次の日などは、余り動かなくなる。
疲れるんだろうか。

2018年11月21日水曜日

腰が起きる

妻のお腹に愉氣していていると、自然と腰が起きてきた。
勝手に腰が決まった。
じーっと集注していると、何処に集注しているのかわからなくなってくる。
お腹の子供に愉氣をすると、どうしても愉氣をされている氣がする。
胎児は私よりも存在が大きい。
これは確かだと思う。
世に言う「親ばか」という状態は、この感覚の大衆化された感情ではないか。

この時の私の場合は腰椎3番に焦点が合い、ギギギと菱形が回転するような感じで、撞木の型の中に入っていくようだった。
自動的に自然に撞木の型に向けて動き居住まいを正した。
妻との距離感も最適な位置に調整されていった。
そして腰椎3番を中心として腰が起きていった。
下腹に子宮を感じる。

父になるというのはこういうことを言うのか。
父母子と三角形ができていた。
現代思想の側からは悪とされるこの三角形だが、私の感じたのは抽象的な理念ではない。
当たり前だが、何万年も昔から、人類はこの三角形の位置取りをして、家族生活を送ってきたわけで、その位置で身体が馴染むのは当然だろう。

善でも悪でもなく自然であり、この自然の中に居ることが、適。
この感覚を拒否すれば、道を外れる、と直観した。

私のこのここまでの文章は、ポリティカルにコレクトだろうか?
ほんとうに、愚かなことだと思う。
私たち日本人は、大きくは洗脳されていると思う。

わからなくなったら、ご先祖様に従うべきだ。
何故なら、古人は洗脳されていないからだ。
完璧な正しい答えをすべて知っているのは、人工知能ではなく、ご先祖様だ。





2018年11月17日土曜日

ヒク

身体外で何かが生じその状況に対して、ヒク、という身体状態の時、観察していると、二つの対応の仕方がある。

一つ、幽体離脱の様に、身体の中心を体外に置き、氣をそこに移動させる仕方。
二つ、丹田を身体の中心として氣をそこに集める仕方。

一つ目の仕方は、身体に隙が生まれるので危険が大きい。しかし多くの現代人はこの仕方で状況に対処する傾向があるように観える。
イヤホンで音楽を聴いたり、スマートホンに夢中になっている身体状態はテクノロジーに拠りその身体状態を造型している。
テクノロジーに拠る、ということは意識的な身体統御を介さないわけで、より隙と危険が大きくなる。

二つ目の仕方が正解なのだろう。
しかし、これも現代人には難しい。なぜなら科学的医学的解剖学的には丹田など、存在しないからだ。

「ヒクワー」と言って、氣がヒク、どんどんヒク、するとそしてそこで、どこに達するか。
氣がヒク先、とは何処だろう。インターネットの中だろうか。
状況が変わった時、氣が戻るべき身体は存在しているのだろうか。
そして身体の何処に氣は収まるか。




2018年11月14日水曜日

最初の胎動までの日数

最初に余談ですが、妊娠中に引越しするのは止めた方がよいです。
また、妊娠中に引越しをしながら、PCを買い換えるのも止めた方がよいです。
限界を超えた一ヶ月でした。

妻に胎動がありました。
野口整体では、受胎から131日目に最初の胎動、そしてその胎動の翌日から131日目が分娩予定日となる、と教わっていました。

胎児は、最低263日は母のお腹にいないといけないと。
263日以後でしたら、いつでもいいのです。
遅いのは構わない。
ただ、この日数よりも一日でも早いと早産となり、片目の動きの速度が遅くなる、と言われています。
早産がよくないのです。

さらに、受胎日の判定なのですが、現在の医学、産婦人科では「最後の生理の初日から二週間後」を受胎日と定めています。とはいえ、これは生理周期が28日できっちり来ている女性であって、生理不順の方は、この限りではないです。
実際に、私の妻は周期が不安定でしたので、医者には生理周期をとりあえず30日と伝えたところ、最後の生理の初日から二週間プラス1日として計算されました。
プラス1日の部分はなんとなくという感じでした。
結構アバウトです。

整体の受胎日の判定はこういった計算はせずに、「あの日」ではないか、という勘です。
そして、その受胎日から131日目に最初の胎動がある、という話でしたので、私は楽しみに待っていたのですが、最初の胎動は10日早い123日目に来ました。
本当は121日目に、「これじゃないか?」という動きがあったのですが、勘違いなのではないかと思い、待っていました。
確実に動いたと言えたのが、123日目でした。

言われていることと全然違う!
10日近く違う。
どういうことか?
こういうことが続きますと、過去に言われてきた野口整体での出産に関する数字は、すべて目安、としか、受け取れなくなります。

でも、それならそれでいいのです。
言われてきたことと、実際の現実が違うと、どこか喜びを感じもします。これは私の性格でしょう。

これからも経過の観察を続けていき、記録を残します。

(追記)11月15日朝131日目、妻は胎児がグルッと大きく動いた感触を得て目を覚ました、とのこと。自分の居心地のよい処に身体移動した感覚。もしかしたらこの大きな動きが野口先生の言う「胎動」なのかもしれない。




2018年10月19日金曜日

妊娠

師匠、私、妻の三人での稽古にて、私の現在の身体の状況を教わる。

胸椎5から吐き、腰椎1で吐き、弛めようとしている。
腰椎1の左、2種の体勢から、腰椎1右に移り1種の体勢に、そこから腰椎4の右に移り10種の体勢で鬱散しようとしている。

腰椎3の左が仙椎2番に結び付き、頭部第2の左と仙椎2番の左が結び付いている。

ここで重要な2点、頭部第2と仙椎2番の氣の結び付きが、横にいる妻のお腹へと繋がり、三角形を作っている。

状況を説明すると、現在妻は妊娠しており、そのことに対して、仙椎2番における妻への同調と、頭部第2での私の観念の変化、その氣が向かう先が、妻のお腹の胎児ということになる。

10日ほど前に結構な火傷を左腕にしたのだが、それは、仙椎2番に焦点が集まると、火傷をするから、とのこと、それと、その時点での胸椎6での焦りの気持ちが結び付いているからだと。

吐きが強いのは低潮。今の私は吐きが強い。この波は月の波。
今の私の大きい高潮の波はあと、2年半くらい続くはず。
月の波としての低潮期に火傷をした。
(波、は月の波、氣の波、水の波など、さまざまにあり、複雑)

2種の体癖を様々に体勢を組み替えて、全うしようとしている。

その後、妻の操法(この日私は操法を受けなかった)。
自身が逆子として生まれてきたことを乗り越えるための風邪。
胸椎5と7で動いている。
この時の胸椎5は粘膜の風邪という意味の胸椎5であって、本筋は胸椎7にある。
妊婦の胸椎7の左1側の硬結は難しいことになる、と教わっていて慎重に観察していたが、逆子の7番だったようだ。
つまり、妻の母が、妻を出産した時の身体の状況が、現在の妻に生じている。

妊娠したことを書いてもよいと妻に許可を得たので、今後少し記していくことにする。
今回はあえて注釈抜きで書いていったが、普段の稽古では我々はこういった話をずっとしている。何が書いてあるかほとんどわからないかと思うが、真剣にかかわった場合、野口整体は実際にどうやってもかんたんなものになりえない、ということを知っていただきたく記しました。














2018年10月3日水曜日

受胎から出産までの日数

平成16年5月23日の中等講座第二講での岡島瑞徳先生によると、

「受胎から出産までに日数は決まっていまして263日目で生まれる。それに狂いがあったら間違っている。何か身体に狂いがある。最初に胎動があった日から131日目で生まれる」

とのこと。
そして、これは何時の講義か定かではないですが、野口裕之先生の講義要旨によると、分娩予定日として、

「受胎から263日~5日」
「最初の胎動のあった日の翌日から131日目これは胎児への注意を集める方法でもある」

とある。
さらに野口晴哉先生の『誕生前後の生活』(昭和48年)によると、

「やはりちゃんと二百七十三日お腹にいないと駄目なのです」

とあります。
誤植だろうか。
一体、誰を信じるべきか?
それは当然、野口晴哉先生、と言いたいところですが、野口先生は『女である時期』に於いて女性の生理周期が明治大正昭和で変動してきたことを書いておられます。
徐々に短くなってきたようです。
栄養状態の変化か、観念の変化、社会全体のリズムの変化によるのでしょうか?

受胎から出産までの日数も、誰の言うことが正しいのか、というよりも、それはあくまで理想であるということを理解すべきでしょう。
我々は、上述の偉大な先生方のおっしゃっていたことよりも、今の時代に生きて生活している人間を見つめるべきなのでしょう。

古い資料は、やはり参考資料なのでしょう。
帝王切開は駄目で、自然分娩が絶対的に正しいとは、今の時代に生きている私には言えません。
理想と現実は違います。
どこかで妥協せざるを得ないです。

しかし、目前の身体に集注しようとすると、必ず国家が立ち上がる。
国家を思考せざるを得なくなる。
そして日本という国家をこのような形態に変形した勢力に対して思考すべきだとも思う。

私が、身体に着手しようとすると、2種体勢になる、その理由の一つ。