2018年1月6日土曜日

今年の抱負

よく考えると、このブログも去年の1月に始めたのだった。
やはり多忙でどうしても思ったようにはブログの更新ができなかった。この数年は意図的に自分の考えを発信することは控え、ひたすらにさまざまな勉強と稽古、資料の収集に明け暮れていた。

整体について書くことは難しい。
やればやるほど、深みに嵌るほどに、感覚を言葉に変換することの難しさと無意味さを感じることになる。

野口整体における解釈実践は多様にありうる。
野口先生存命の時代でも、その操法の実際のところは大きく変遷している。

自分は幸運なことに、一番知りたかった戦前の技術と思想について学ぶことができた。
そのことの意味合いや含みは、師匠が長い時間をかけて実践体感し、見出してきたものだった。
おしげもなく私に伝えられる、それらの技をただただ受けとってきた。

本年は未整理のままに受け取ってきた様々な事柄をなんとか言語化し、整理された形で本ブログにて公開していこうと思っています。
そもそも言語化不能な、整体や操法の内実を言語化することは、誤解の森に踏み入ることになるかと思いますが、恐れずにそういった限界を踏み越えていきたい。

本年もよろしくお願いいたします。






2017年12月24日日曜日

穴追い、忘年会での動作観察

穴追いを行った。
打撲が生じないように穴追いをするということで、受け手の側が自分から穴が弛むように氣が通るように身体の位置を変えて行う。

そもそもの穴追いは脳内出血の際に行う緊急時における高度な技術だったのですが、それを一般向けに普及、そしてまたそういった技術を残そうとの意図により、冬場に頭の大掃除といった意味合いで整体協会が始めたと聞いています。

岡島道場でも協会にならい行っていたそうです。

今回の穴追いでは師匠の観る目が変わってきており、穴追いにおいても下手に行うと打撲が生じることが明確になり、穴追いのやり方が、我々の道場では少し変わりました。

打撲が生じないように、反発が生じないような組み合わせにし、双方が動いて行いました。
この方法で行うと、無駄な力が入らずに、また短時間で終了しました。
毎日が実験と検証です。とても面白いです。

その後の忘年会で、たまたま居酒屋でTVで歌番組が流れており、飲みながら師匠にあれこれ動作観察をしていただきました。
オザケンが歌っていたのですが、D11とD3で動いているとのこと、子供のことを思って歌っているのか?そして息をつめて歌うと。どうも6種傾向なのではないか?とのこと。
XJAPANのYOSHIKIはやはり打撲の動きで、C5、6で動いているとのことでした。

2017年12月5日火曜日

お墓参り

岡島瑞徳先生のお墓参りに行ってまいりました。

師匠に報告すると、先生も喜んでいると思います、とのこと。
ずっとご挨拶に行かなくてはと思っていたところ、今回初めて行くことができてとてもよかったです。
お墓は渋谷のとても静かで美しい場所にあって、岡島先生らしいな、と思いました。

野口晴哉先生のお墓参りも去年にさせて頂いたので、これでもう心に残すものはありません。

2017年11月30日木曜日

『健康の自然法』

個人的なメモ。

今読むとハウツー的な本である。
深いところと浅いところとが同居している。
野口先生が当時高校生のご子息のために書き記したということなので、それはそうなのだろう。

本当に個人的な感想になるのだが、整体の玄人はこういった「ここがおかしい時は、ここを押さえればよい」というような見方を排斥する。
野口整体の本質はそういうものではない、ということで。

しかし、世間が求めるもの、許容できるものはこういったハウツーもので、だからこの本は割と重要かもしれない。
とはいえ、現在の法律に照らすと医業類似行為にあたる可能性のある記述もあり、そのため再刊も難しいのだろうか。

出版された当時の常識と、現在の常識。
指導者が病人に求めるものと、病人が指導者に求めるもの。
それぞれはまったく違うもので、その溝は簡単には埋まらないだろう。むしろ時代を経るごとにその溝はますます深まっているように観える。

そういったことの原因の全てがテクノロジーの進化だけによるとは私は思わない。
他にも明白な原因があるが、それは誰にとっても描出するのが難しいものだろう。

2017年11月2日木曜日

音楽活動

心を清めるため。
そして間を感じる訓練として、音楽活動を再開することに決めた。

2017年10月27日金曜日

野口整体の中腰

中腰を何度でも稽古。
師匠の2側を押圧。
「ああ、これじゃあ指を壊す」
「もっと細く」
どう押さえても無理。

こんどは妻の1側を押さえる。
必死に鼠頸部を締める。
「全然入ってこない」
そこで、師匠が私の後ろに廻り、二人羽織りの形で私の骨盤に触れ、締める。

とてつもない力で骨盤が引き締まる。
足がもたなく、立っていられない。
しかし、指の力が抜け、指が点になる。

その時、さんざん言われていたのはこの感覚かあ、と思った。
その後、もう一度師匠の背中を押さえると、「ああ、少しは点になってきた」とのこと。

野口整体における中腰。
これは完全に非日常の身体操作であって、現在の日本の日常の延長にはこの動きは存在しない。
これは日本の古人の身体の捌きで、とはいえしかし、剣術のように真剣の存在を前提とした身体の操作ともまた違うような感触を受けた。

私の師匠の師匠である岡島瑞徳先生は黒田鉄山先生から古武術を学ばれていて、私の師匠も修行時代、大宮の振武館まで伺い稽古をさせていただいたとのことであった。

整体のほんとうの中腰を体感すると、どうもこの非日常性は、掌を介した感覚と結びついた9種体癖独特の引き締める動作と、また、他者の1側、つまり無意識の領域に直接に入り込む意志によるもので、だから、完全に日本の古人の動きかというとそうでもなく、半分は明治以降の日本の近代人の身体の捌きなのではないか、という印象を抱いた。

古武術はとてつもなく素晴らしいものだし、勉強にもなりますが、整体における身体捌きは整体操法のなかでしか、最終的には学べないのではないか、というのが今の私の仮説。

それにしても、もう明治から100年以上経ってしまった。
平成も来年で終わるとのこと。



2017年10月16日月曜日

伊勢参り

伊勢神宮にお参りに行ってまいりました。
格安の夜行バスで行きましたので体力的には大変でした。
一泊いたしまして外宮内宮と天岩戸、他にも周囲の神社にも参拝させて頂きましたが、ほんとうにすばらしいところでした。
とくに内宮ですが、「正気」という言葉の意味がようやくわかった感じです。
ここはいつまでもこのままであって欲しいと思いました。

2017年10月7日土曜日

続978操法

またまた978操法の稽古。

自分が978操法を行っている動画を自分で観ると、支点が肩にある。
下半身が使えてるつもりでも、使っていない。
棘突起に対して右手がずれてしまう。
右手の密着感が重要。

「吐かせる時に相手の呼吸を破るんだよ」
「点にしたい細くして」
「垂直に線を引き上げる」
「氣がここで切れてる下まで繋がってない」
「水落が抜けてないといけない」

最後、師匠に978操法を行う。
9番で吸わせて、7番へドンッと吐かせたところ。
「殺される~」
と逃げられた。

2017年10月3日火曜日

友人の操法

友人に操法をさせていただいた。
半分稽古を兼ねているので無料です。
場所は師匠の道場をこれもまた無料で提供して頂く。
すべてに恵まれていると思っています。
感謝してもしきれません。

腕を酷使する仕事をされている方でしたので、とくにお疲れだった左腕を中心に操法をしました。

あとで、師匠に報告すると、「(我々を観たときから)左腕をやるだろうな、と思っていたよ」とのことでした。
師匠は私を緊張させないために別の部屋で奥様とおられたのですが、私のやることなすことすべてお見通しということでした。

体勢の氣の形

体勢には氣の形がある。
ということで、計5人で氣の遊び。

それぞれの体勢を調べ、その体勢にのらない椎骨に触れ、他の人はその骨の体勢別の氣の形がまとまる配置に座りなおし、そこで行氣する、という稽古。

左右体勢はやや円形。
上下体勢は頭の上。
生理前の開閉は左側。
捩れ方は頭側と足側で逆側。

ある体勢を全うするということで、次の体勢に向かえる。
真の身体の要求に耳を傾ける。
巷間「体の声を聞く」などと、申しますが、実際には簡単なことではありません。

無形の氣を形として捉え、その形を周囲の人間の配置座り方によって整え、全うさせる。
たいへんに意義深い氣の遊びでした。