師匠、私、妻の三人での稽古にて、私の現在の身体の状況を教わる。
胸椎5から吐き、腰椎1で吐き、弛めようとしている。
腰椎1の左、2種の体勢から、腰椎1右に移り1種の体勢に、そこから腰椎4の右に移り10種の体勢で鬱散しようとしている。
腰椎3の左が仙椎2番に結び付き、頭部第2の左と仙椎2番の左が結び付いている。
ここで重要な2点、頭部第2と仙椎2番の氣の結び付きが、横にいる妻のお腹へと繋がり、三角形を作っている。
状況を説明すると、現在妻は妊娠しており、そのことに対して、仙椎2番における妻への同調と、頭部第2での私の観念の変化、その氣が向かう先が、妻のお腹の胎児ということになる。
10日ほど前に結構な火傷を左腕にしたのだが、それは、仙椎2番に焦点が集まると、火傷をするから、とのこと、それと、その時点での胸椎6での焦りの気持ちが結び付いているからだと。
吐きが強いのは低潮。今の私は吐きが強い。この波は月の波。
今の私の大きい高潮の波はあと、2年半くらい続くはず。
月の波としての低潮期に火傷をした。
(波、は月の波、氣の波、水の波など、さまざまにあり、複雑)
2種の体癖を様々に体勢を組み替えて、全うしようとしている。
その後、妻の操法(この日私は操法を受けなかった)。
自身が逆子として生まれてきたことを乗り越えるための風邪。
胸椎5と7で動いている。
この時の胸椎5は粘膜の風邪という意味の胸椎5であって、本筋は胸椎7にある。
妊婦の胸椎7の左1側の硬結は難しいことになる、と教わっていて慎重に観察していたが、逆子の7番だったようだ。
つまり、妻の母が、妻を出産した時の身体の状況が、現在の妻に生じている。
妊娠したことを書いてもよいと妻に許可を得たので、今後少し記していくことにする。
今回はあえて注釈抜きで書いていったが、普段の稽古では我々はこういった話をずっとしている。何が書いてあるかほとんどわからないかと思うが、真剣にかかわった場合、野口整体は実際にどうやってもかんたんなものになりえない、ということを知っていただきたく記しました。
2018年10月19日金曜日
2018年10月3日水曜日
受胎から出産までの日数
平成16年5月23日の中等講座第二講での岡島瑞徳先生によると、
「受胎から出産までに日数は決まっていまして263日目で生まれる。それに狂いがあったら間違っている。何か身体に狂いがある。最初に胎動があった日から131日目で生まれる」
とのこと。
そして、これは何時の講義か定かではないですが、野口裕之先生の講義要旨によると、分娩予定日として、
「受胎から263日~5日」
「最初の胎動のあった日の翌日から131日目これは胎児への注意を集める方法でもある」
とある。
さらに野口晴哉先生の『誕生前後の生活』(昭和48年)によると、
「やはりちゃんと二百七十三日お腹にいないと駄目なのです」
とあります。
誤植だろうか。
一体、誰を信じるべきか?
それは当然、野口晴哉先生、と言いたいところですが、野口先生は『女である時期』に於いて女性の生理周期が明治大正昭和で変動してきたことを書いておられます。
徐々に短くなってきたようです。
栄養状態の変化か、観念の変化、社会全体のリズムの変化によるのでしょうか?
受胎から出産までの日数も、誰の言うことが正しいのか、というよりも、それはあくまで理想であるということを理解すべきでしょう。
我々は、上述の偉大な先生方のおっしゃっていたことよりも、今の時代に生きて生活している人間を見つめるべきなのでしょう。
古い資料は、やはり参考資料なのでしょう。
帝王切開は駄目で、自然分娩が絶対的に正しいとは、今の時代に生きている私には言えません。
理想と現実は違います。
どこかで妥協せざるを得ないです。
しかし、目前の身体に集注しようとすると、必ず国家が立ち上がる。
国家を思考せざるを得なくなる。
そして日本という国家をこのような形態に変形した勢力に対して思考すべきだとも思う。
私が、身体に着手しようとすると、2種体勢になる、その理由の一つ。
「受胎から出産までに日数は決まっていまして263日目で生まれる。それに狂いがあったら間違っている。何か身体に狂いがある。最初に胎動があった日から131日目で生まれる」
とのこと。
そして、これは何時の講義か定かではないですが、野口裕之先生の講義要旨によると、分娩予定日として、
「受胎から263日~5日」
「最初の胎動のあった日の翌日から131日目これは胎児への注意を集める方法でもある」
とある。
さらに野口晴哉先生の『誕生前後の生活』(昭和48年)によると、
「やはりちゃんと二百七十三日お腹にいないと駄目なのです」
とあります。
誤植だろうか。
一体、誰を信じるべきか?
それは当然、野口晴哉先生、と言いたいところですが、野口先生は『女である時期』に於いて女性の生理周期が明治大正昭和で変動してきたことを書いておられます。
徐々に短くなってきたようです。
栄養状態の変化か、観念の変化、社会全体のリズムの変化によるのでしょうか?
受胎から出産までの日数も、誰の言うことが正しいのか、というよりも、それはあくまで理想であるということを理解すべきでしょう。
我々は、上述の偉大な先生方のおっしゃっていたことよりも、今の時代に生きて生活している人間を見つめるべきなのでしょう。
古い資料は、やはり参考資料なのでしょう。
帝王切開は駄目で、自然分娩が絶対的に正しいとは、今の時代に生きている私には言えません。
理想と現実は違います。
どこかで妥協せざるを得ないです。
しかし、目前の身体に集注しようとすると、必ず国家が立ち上がる。
国家を思考せざるを得なくなる。
そして日本という国家をこのような形態に変形した勢力に対して思考すべきだとも思う。
私が、身体に着手しようとすると、2種体勢になる、その理由の一つ。
2018年10月2日火曜日
2種に操法ができるのか?
2種体勢が続いている。
上下体勢で他者に触れると、それだけで相手の氣が上がってしまう。
2種の体勢で操法は可能か、操法をする時には9種体勢になるのが普通なのではないか、と師匠に聞いてみた。
突き詰めれば可能なのではないか。
2種体癖の無い、あるスポーツの指導者が2種体勢になっていた。
生徒を指導するために、意識的に自分を消していって自然に2種体勢になっていた。
自分を消す、というところを突き詰めたらいいのではないか。
なるほどと思った。
整体操法は9種のするものだ、というのは思い込みで、他の道があるかもしれない。
とはいえ、師匠は道場に人が入ってくると、その瞬間意識が切り替わって何時でも9種体勢になってしまうようだ、とのこと。
上下体勢で他者に触れると、それだけで相手の氣が上がってしまう。
2種の体勢で操法は可能か、操法をする時には9種体勢になるのが普通なのではないか、と師匠に聞いてみた。
突き詰めれば可能なのではないか。
2種体癖の無い、あるスポーツの指導者が2種体勢になっていた。
生徒を指導するために、意識的に自分を消していって自然に2種体勢になっていた。
自分を消す、というところを突き詰めたらいいのではないか。
なるほどと思った。
整体操法は9種のするものだ、というのは思い込みで、他の道があるかもしれない。
とはいえ、師匠は道場に人が入ってくると、その瞬間意識が切り替わって何時でも9種体勢になってしまうようだ、とのこと。
2018年9月26日水曜日
妊婦、そして胎児に愉氣
妊婦、そして胎児に愉氣をする経験が、認識を変える。
氣は送るモノでなく、送られるモノでもなく、複数人が和合協奏する状態。
病を消去しようという氣は、生の本質から離れてゆき、資本に近づいていく。
そこで身体が資本に拘束される。
妊娠の状態は病ではない。
胎児に対する一方的な輸氣など生命の邪魔でしかない。
野口先生が輸氣から愉氣と表記を変更したのには、妊婦と胎児の存在が大きかったのではないかと思った。
氣は送るモノでなく、送られるモノでもなく、複数人が和合協奏する状態。
病を消去しようという氣は、生の本質から離れてゆき、資本に近づいていく。
そこで身体が資本に拘束される。
妊娠の状態は病ではない。
胎児に対する一方的な輸氣など生命の邪魔でしかない。
野口先生が輸氣から愉氣と表記を変更したのには、妊婦と胎児の存在が大きかったのではないかと思った。
2018年9月19日水曜日
身体の偏り
数ヶ月ぶりに師匠の操法を受けた。
胸椎4番と7番で動いているとのことで、妻と同じ動きだった。
妻の身体の状態が私にのっかっているとのこと。
2種の体勢だと、どうしても他人に同調してしまう。
頭での情報処理が許容範囲をこえると「浮き足立つ」。
重心が爪先に移り、左足の親指が引っかかって歩いていた。そして重心は外に。
重心を第一蹠骨に乗るように操法が方向づけられた。
氣を下げるには、私の場合深息法が有効、と言われる。
限界を超えている自覚はあるがもう少し頭を使う必要がどうしてもある。
やはり、人間はその思考や行動が偏ると、身体を壊すようだ。
とはいえ、社会が偏っているならば、その社会を批判的に思考検討する身体は偏らざるをえないのではないか。
この偏りは、体癖とは本質的に異なる偏りに属するのではないかと思う。
胸椎4番と7番で動いているとのことで、妻と同じ動きだった。
妻の身体の状態が私にのっかっているとのこと。
2種の体勢だと、どうしても他人に同調してしまう。
頭での情報処理が許容範囲をこえると「浮き足立つ」。
重心が爪先に移り、左足の親指が引っかかって歩いていた。そして重心は外に。
重心を第一蹠骨に乗るように操法が方向づけられた。
氣を下げるには、私の場合深息法が有効、と言われる。
限界を超えている自覚はあるがもう少し頭を使う必要がどうしてもある。
やはり、人間はその思考や行動が偏ると、身体を壊すようだ。
とはいえ、社会が偏っているならば、その社会を批判的に思考検討する身体は偏らざるをえないのではないか。
この偏りは、体癖とは本質的に異なる偏りに属するのではないかと思う。
2018年8月8日水曜日
見立て
ある女性。
左足の親指を特殊なぶつけ方をした。
2度同じ処をぶつけたとのこと。
背骨などを観察の後。
師匠に、どういう操法をするか、と聞かれた。
私は左足とそして胸椎3、4が氣になるので、その辺り。
それから呼吸活点操法を中心に設計する、と。
師匠に聞くと、打撲のショックは前回やったから今回またやるのは刺激過剰、左足とその逆側の右手、そこを調整すると今度は胸椎5番が捩れてくるから、そこからまた別の展開になる、というようなことをおっしゃった。
治療ではないので、身体に対しての働きかけはどのような角度でもありうる。
正解はないと思う。
とはいえ、その時その瞬間の焦点は一つしかないと言われている。
身体は多層であり、浅いところも深いところもある。
そして様々に、各処が繋がっていて機能している。
どれも何処も機能していて、どれも何処も正解。
何処をどう観て、何処まで入り込めるか、なのだろうか?
科学的に観た客観的な身体を観ているのではないのは確かだ。
医学ではない。
見立ては、観るものの身体によって違ってくる。
同じ指導者でも、当然に体調によっても変わる。
主観しかない、とも言えるが、そうも言えない気もする。
とはいえ、客観では触れることの出来ない処に触れたいのだろう。
操法を受けに来る方も客観的に触れて欲しいとは思っていない。
主観で触れ、主観で触れられたいのだろう。
左足の親指を特殊なぶつけ方をした。
2度同じ処をぶつけたとのこと。
背骨などを観察の後。
師匠に、どういう操法をするか、と聞かれた。
私は左足とそして胸椎3、4が氣になるので、その辺り。
それから呼吸活点操法を中心に設計する、と。
師匠に聞くと、打撲のショックは前回やったから今回またやるのは刺激過剰、左足とその逆側の右手、そこを調整すると今度は胸椎5番が捩れてくるから、そこからまた別の展開になる、というようなことをおっしゃった。
治療ではないので、身体に対しての働きかけはどのような角度でもありうる。
正解はないと思う。
とはいえ、その時その瞬間の焦点は一つしかないと言われている。
身体は多層であり、浅いところも深いところもある。
そして様々に、各処が繋がっていて機能している。
どれも何処も機能していて、どれも何処も正解。
何処をどう観て、何処まで入り込めるか、なのだろうか?
科学的に観た客観的な身体を観ているのではないのは確かだ。
医学ではない。
見立ては、観るものの身体によって違ってくる。
同じ指導者でも、当然に体調によっても変わる。
主観しかない、とも言えるが、そうも言えない気もする。
とはいえ、客観では触れることの出来ない処に触れたいのだろう。
操法を受けに来る方も客観的に触れて欲しいとは思っていない。
主観で触れ、主観で触れられたいのだろう。
2018年7月28日土曜日
左股関節
師匠に私の左股関節が重要と言われる。
ここが頚椎2番につながっているとのこと。
体癖的な焦点でもあり、足を払ったりして治すというような問題ではない。
自分で自分の身体を見つめ直し、足の運びを訓練していきたい。
ここが頚椎2番につながっているとのこと。
体癖的な焦点でもあり、足を払ったりして治すというような問題ではない。
自分で自分の身体を見つめ直し、足の運びを訓練していきたい。
2018年7月18日水曜日
試験
3年間研修生をしてきたわけなのですが、区切りということで、研修生としての終了試験があり、受けました。
モデルを連れてきて、師匠の前で操法。そして師匠を操法、との話で準備も進めてきたのですが、予想通り、実際に始めてみると異なった展開になりました。
師匠は3種なので、その場でその場で言うことがころころ変わる。
私の体癖には左右型がないので、初めのころはぎょっとしましたが、3年間鍛えられて、今ではそんなものか、と思います。
3年間教わったことは、言葉にならない。
言葉にならない、なんて紋切り型、よく使いますが、ほんとうにそうで、言葉で構造化されていないことを延々と3年間繰り返してきた。
こんなことが私の人生に生じるとは思っていなかったのですが、起きました。
思い返すと、3年前、すべての楽器と機材を処分して、川崎まで引っ越してきたのだった。
文学からも、相場からも身を引き、音楽さえも止め、突然結婚して、弟子入りしたのだった。
そんなこと、もうずっと忘れてました。
あの時、道場で、意を決して、整体を教えて欲しいのですけど、と正座になって言うと、師匠は、いいですよー、と軽く言われたのだった。
後で聞くと、整体がやりたいことは身体を観ていてわかっていた、とのことだった。
3年間色々あったが、苦行は好きな方なので、稽古自体はなんでもなかった。
過去の資料を集めることも、それを読み込んで分析することも、なんでもなかった。
ずっと訓練してきたことだから。
特定の人間と密接な関係の中で、自分のすべてを変える必要があって、私はそれをした。
特殊なことを学んでいたので、密封して、圧縮して、圧を加えて加えて加えていった。元に戻る氣はなかったので、3年間、決して蓋を開けなかった。
この間、楽しい思い出しかない。
試験を受けましたが、そもそも普段から観ていて、どの程度できるかわかってますからねー、とのことだったので、まあそれもそうか、という感じで、やっぱり左右的に腰がくだけてゆく。
とはいえ研修生という立場ではなくなりましたので、どこか爽快な気分でもあります。
モデルを連れてきて、師匠の前で操法。そして師匠を操法、との話で準備も進めてきたのですが、予想通り、実際に始めてみると異なった展開になりました。
師匠は3種なので、その場でその場で言うことがころころ変わる。
私の体癖には左右型がないので、初めのころはぎょっとしましたが、3年間鍛えられて、今ではそんなものか、と思います。
3年間教わったことは、言葉にならない。
言葉にならない、なんて紋切り型、よく使いますが、ほんとうにそうで、言葉で構造化されていないことを延々と3年間繰り返してきた。
こんなことが私の人生に生じるとは思っていなかったのですが、起きました。
思い返すと、3年前、すべての楽器と機材を処分して、川崎まで引っ越してきたのだった。
文学からも、相場からも身を引き、音楽さえも止め、突然結婚して、弟子入りしたのだった。
そんなこと、もうずっと忘れてました。
あの時、道場で、意を決して、整体を教えて欲しいのですけど、と正座になって言うと、師匠は、いいですよー、と軽く言われたのだった。
後で聞くと、整体がやりたいことは身体を観ていてわかっていた、とのことだった。
3年間色々あったが、苦行は好きな方なので、稽古自体はなんでもなかった。
過去の資料を集めることも、それを読み込んで分析することも、なんでもなかった。
ずっと訓練してきたことだから。
特定の人間と密接な関係の中で、自分のすべてを変える必要があって、私はそれをした。
特殊なことを学んでいたので、密封して、圧縮して、圧を加えて加えて加えていった。元に戻る氣はなかったので、3年間、決して蓋を開けなかった。
この間、楽しい思い出しかない。
試験を受けましたが、そもそも普段から観ていて、どの程度できるかわかってますからねー、とのことだったので、まあそれもそうか、という感じで、やっぱり左右的に腰がくだけてゆく。
とはいえ研修生という立場ではなくなりましたので、どこか爽快な気分でもあります。
2018年6月20日水曜日
古写真
古写真が好きで集めたいのですが、妻が気味が悪いというので、なかなか収集に集注することができません。
この古写真も飾らないでくれと言うので、たまに眺めるだけで普段は飾っておりません。
写真は明治時代の医師と思われます。鍼師であり盲目であると思います。
右下に doctor とあります。
鶏卵紙に彩色されています。
この写真の構図は造られています。
手前の小物の配置角度など考え抜かれています。
この写真家にはすごい実力がある。
大きくは、円形と四角の窓と、人物の身体の曲線。
特に左上の窓と、鍼師の頭部から背部にかけての曲線のシンメトリックな対比と、その延長上にある右下のおぼんへの縮小された円形への視線の運動、この円形はそのまま鍼師の頭部と風呂敷へと分裂もしている。
後ろの襖が開けられているが、その位置が敷居を挟んで鍼師の頭部に対してほぼ等間隔になっている。
中心の線には畳の敷居があり、右には茶碗があり。左には二人の手がある。
一方でキセルと刀で斜めの線を動かし、背景の格子柄が風呂敷の唐草模様に溶け出しもする。
上部背景の明確な幾つかの基底となる線が、前景の生活雑貨の線に細分化し流出乱舞する。
つまり背景の建築物が前景の生活を産み出している、という画面構成になっている。
中心原理は変形された逆五角形へと還元される。
二つの頭部と風呂敷と火鉢と茶碗。
そして、ここは注意しておきますが、上記の美学的な視点は日本的なものではないです。
写真に映っている形象の配置は本質的には日本的なものではありません。
この写真は外国人が撮ったものです。
少なくとも現時点での私の眼から観て、どうでもよいものです。
そこには私は美を感じません。
外国人向けのエキゾティックなお土産として、こういった当時の日本人の生活が撮られて売られていました。
背景を知らなければ、ぱっと見た感じは確かに少し不気味です。
なので、実際にこの古写真は安く、3000円程で入手できました。
この鍼師はこの時、脈を診ています。
いや、聴いていると言ってよいでしょう。頚椎4番を倒して耳をつかって脈を診ています。
おそらく、カメラの方を向けと言われたのでしょう、頸の角度が少し変です。鍼師の表情が歪んでいるのは姿勢が苦しかったのもあると思います。
この着飾った女性も、自身の脈とその脈を診る鍼師を内観しています。
この表情…。
撮られることを前提に演出されているわけですが、この時の二人の身体の裡に生じている感覚はほんとうの現実です。
ここが本来の日本の中空の真実です。
この写真に私は感応します。
私の明治生まれの曾祖母は生まれつき盲目で、按摩として生きていました。
昨年初めて知ったことです。
母の父の母になります。
たまたま見せられた写真で眼を瞑っていたので、この人は何で眼を瞑っているのか聞いたら、按摩であったとのことでした。
江戸時代の按摩の技術はすごいもので、その頃には按摩の技の型があったそうなのですが、明治時代になり盲人救済のためということで、技術が簡略化され、型は失われたそうです。
おそらく、ほんとうの按摩の技術はとても難しく習得には才能と時間が必要だったのでしょう、すぐに憶えられて仕事に出来なければどうにもならない、ということで、型を捨てたわけです。
野口先生は、取り返しのつかないことをした、と言っていたそうです。
その頃の按摩の型はもう残っていないのです。
曾祖母の按摩の技術には、少しは古い型が残っていたのでしょうか。
曾祖母の按摩を一度くらいは受けたことがあるだろう祖父は去年亡くなりました。
そのことについて印象だけでも聞いてみたかったのですが、もう聞けません。
私は日本人ですので、この写真を観ると、身を切られるような辛さを感じます。
昔はこの国にあった多くのあり方が、今では失われたことに対してです。
多くのモノ、ではないのです。
モノではなく、人のあり方です。
祖父の時代にはあったことが、現在の私には手が届かないことになっています。
いくら金を払おうが、もう取り返せません。
これから、この国には経済的理由により大量の移民を受け入れるそうですが、リベラル思想で何をどう取りつくろおうが、外国人にはこの感情は生じません。
悪意があろうが、なかろうが、彼らは躊躇なく日本の文化を捨てるでしょう。血が繋がっている人間ですら捨てるのです。
ほとんどの外国人は、金にならないなら、何も感じずに何も考えずに排除するでしょう。当然のことです。
現在の私にはまだ、昔の日本人の古写真を、ただ観てただ感じる、ということはできます。日本人が捨てたものを惜しむことはできます。それについて書くこともできます。
でもきっと、そのうちにこの程度のことですら「差別」とされて許されなくなるのではないでしょうか。
この古写真も飾らないでくれと言うので、たまに眺めるだけで普段は飾っておりません。
写真は明治時代の医師と思われます。鍼師であり盲目であると思います。
右下に doctor とあります。
鶏卵紙に彩色されています。
この写真の構図は造られています。
手前の小物の配置角度など考え抜かれています。
この写真家にはすごい実力がある。
大きくは、円形と四角の窓と、人物の身体の曲線。
特に左上の窓と、鍼師の頭部から背部にかけての曲線のシンメトリックな対比と、その延長上にある右下のおぼんへの縮小された円形への視線の運動、この円形はそのまま鍼師の頭部と風呂敷へと分裂もしている。
後ろの襖が開けられているが、その位置が敷居を挟んで鍼師の頭部に対してほぼ等間隔になっている。
中心の線には畳の敷居があり、右には茶碗があり。左には二人の手がある。
一方でキセルと刀で斜めの線を動かし、背景の格子柄が風呂敷の唐草模様に溶け出しもする。
上部背景の明確な幾つかの基底となる線が、前景の生活雑貨の線に細分化し流出乱舞する。
つまり背景の建築物が前景の生活を産み出している、という画面構成になっている。
中心原理は変形された逆五角形へと還元される。
二つの頭部と風呂敷と火鉢と茶碗。
そして、ここは注意しておきますが、上記の美学的な視点は日本的なものではないです。
写真に映っている形象の配置は本質的には日本的なものではありません。
この写真は外国人が撮ったものです。
少なくとも現時点での私の眼から観て、どうでもよいものです。
そこには私は美を感じません。
外国人向けのエキゾティックなお土産として、こういった当時の日本人の生活が撮られて売られていました。
背景を知らなければ、ぱっと見た感じは確かに少し不気味です。
なので、実際にこの古写真は安く、3000円程で入手できました。
この鍼師はこの時、脈を診ています。
いや、聴いていると言ってよいでしょう。頚椎4番を倒して耳をつかって脈を診ています。
おそらく、カメラの方を向けと言われたのでしょう、頸の角度が少し変です。鍼師の表情が歪んでいるのは姿勢が苦しかったのもあると思います。
この着飾った女性も、自身の脈とその脈を診る鍼師を内観しています。
この表情…。
撮られることを前提に演出されているわけですが、この時の二人の身体の裡に生じている感覚はほんとうの現実です。
ここが本来の日本の中空の真実です。
この写真に私は感応します。
私の明治生まれの曾祖母は生まれつき盲目で、按摩として生きていました。
昨年初めて知ったことです。
母の父の母になります。
たまたま見せられた写真で眼を瞑っていたので、この人は何で眼を瞑っているのか聞いたら、按摩であったとのことでした。
江戸時代の按摩の技術はすごいもので、その頃には按摩の技の型があったそうなのですが、明治時代になり盲人救済のためということで、技術が簡略化され、型は失われたそうです。
おそらく、ほんとうの按摩の技術はとても難しく習得には才能と時間が必要だったのでしょう、すぐに憶えられて仕事に出来なければどうにもならない、ということで、型を捨てたわけです。
野口先生は、取り返しのつかないことをした、と言っていたそうです。
その頃の按摩の型はもう残っていないのです。
曾祖母の按摩の技術には、少しは古い型が残っていたのでしょうか。
曾祖母の按摩を一度くらいは受けたことがあるだろう祖父は去年亡くなりました。
そのことについて印象だけでも聞いてみたかったのですが、もう聞けません。
私は日本人ですので、この写真を観ると、身を切られるような辛さを感じます。
昔はこの国にあった多くのあり方が、今では失われたことに対してです。
多くのモノ、ではないのです。
モノではなく、人のあり方です。
祖父の時代にはあったことが、現在の私には手が届かないことになっています。
いくら金を払おうが、もう取り返せません。
これから、この国には経済的理由により大量の移民を受け入れるそうですが、リベラル思想で何をどう取りつくろおうが、外国人にはこの感情は生じません。
悪意があろうが、なかろうが、彼らは躊躇なく日本の文化を捨てるでしょう。血が繋がっている人間ですら捨てるのです。
ほとんどの外国人は、金にならないなら、何も感じずに何も考えずに排除するでしょう。当然のことです。
現在の私にはまだ、昔の日本人の古写真を、ただ観てただ感じる、ということはできます。日本人が捨てたものを惜しむことはできます。それについて書くこともできます。
でもきっと、そのうちにこの程度のことですら「差別」とされて許されなくなるのではないでしょうか。
2018年6月11日月曜日
表裏潜在上中下
私どもの間では、体癖は、表、裏、潜在、と三つあるとされている。
そうではない、違った体癖の捉え方をされている指導者の方もおられる。
昔の資料を読みますと、体量配分計を創られた柳田利昭先生は、違った観方をされていたようです。
体癖とはいまだ完成された理論ではないので、教わった指導者によって考え方や観方が違っています。
その各指導者の体癖や理解度によって様々な観方があるのだと思います。
そうしたところで最近、師匠の佐藤裕博に体癖について聞くと、表、裏、潜在、については上、中、下、と捉えている、とのこと。
潜在体癖に焦点が合ってきた時は、その人の深層のとても重要な処に焦点が合っている時だ、ということです。
体癖について、水平あるいは波のイメージだったのですが、垂直のイメージが生まれ新鮮な驚きを覚えました。
ただ、この観方が絶対的なものかはわかりません。
体癖の理論はまだ研究の途上にあります。
そうではない、違った体癖の捉え方をされている指導者の方もおられる。
昔の資料を読みますと、体量配分計を創られた柳田利昭先生は、違った観方をされていたようです。
体癖とはいまだ完成された理論ではないので、教わった指導者によって考え方や観方が違っています。
その各指導者の体癖や理解度によって様々な観方があるのだと思います。
そうしたところで最近、師匠の佐藤裕博に体癖について聞くと、表、裏、潜在、については上、中、下、と捉えている、とのこと。
潜在体癖に焦点が合ってきた時は、その人の深層のとても重要な処に焦点が合っている時だ、ということです。
体癖について、水平あるいは波のイメージだったのですが、垂直のイメージが生まれ新鮮な驚きを覚えました。
ただ、この観方が絶対的なものかはわかりません。
体癖の理論はまだ研究の途上にあります。
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