2020年1月7日火曜日

裏腹

裏腹とは、どういう意味だろうか。

腹の裏の背ということなのか。
身体の裏側に腹がある、ということなのか。

腹の底という言葉があるが、腹には体積がある。
だから底という。
腹の下とはいわない。
底があるなら、何かが溜まる。
漏れることも。
空のこともある。

背中、背、背骨には体積は無い。
骨があるから。
骨は線。
通じるか通じないか。
通るか通らないか。
移動するのは点。

腹が表で背が裏、というのは赤ちゃんは産み落とされて後にまず、窒息しないように上を向いて寝かせられるから。
だからこれが表向き。
腹が表。
背が裏。
人類共通。

四足歩行の獣などは、生まれてすぐに自力で立ち上がる。
だから、腹も背も表も裏もない。
服従すると腹を見せるというが、四足で立っているわけで、腹が急所というより、通常は首が急所。
故に獣に腹も背もなく。
裏も表もない。
犬や猫を偏愛する人間は多い。
表裏が無いからだという。

人間の身体には表裏が明確にある。

整体の操法では俯せになってもらい、背骨を調べる。
裏を表と観る。
背骨の状態から、腹の状態も推測できる。
裏表通じている。
背骨を観て調べ始めて、最後に腹を押さえて終える。

裏腹という言葉は日本人の諸身体間で共有されていた感覚を言葉にしている。
言葉が先でなく、身体が先なのは間違いない。
生れ落ちて、仰向けに寝かされ、身体の裡に表裏が感覚され、その後、言葉が共有される。
言葉の共有の前に身体の共有がある。

裏も腹も無い人が増えている感じがする。
その身体の上に、言葉が上滑りしていく。
知能が高い人は、言葉を正確に暗記して定義して行使している。
言葉が横に横に結合していく。
上下もなくはない。
氣のきいた人は捩じったりもする。
だが、言葉に表裏がなくなってきている。

身体と言葉の繋がりが断たれると共有できるものは法以外になくなる。
法治国家などというと聞こえはいいが、一体何処の誰が条文を書いているか。
義務教育に英語とプログラミング言語が加わるとのことだが
その根拠は経済的な理由以外には無く、より正確には国際金融による要請である。
英語もプログラミング言語も日本人の身体の裡から生まれ出てきたものではない。

凄腕トレーダーを「マーケットの魔術師」と呼ぶことがあるが、あれはまさに言葉本来の意味の魔術で、何もないところに数字を刻印して、そこから金を引き出す術、そして金で人心を支配する法術が戦後この方機能し続けている。

野口晴哉が株で腹黒い人間に騙されて多額の借金を負ったのは戦後東京証券取引所が再開して直後のことと推察する。
『朴歯の下駄』によると、昭和24年か25年に財産を失った、ということのようだ。
東証は1949年の4月に再開。
同年5月16日に売買再開となっている。
ここから戦前戦中とは金の流れが大きく変質する。
人の身体と心もそれに応じて。