活元運動をしていたら、動きと氣が腹に移行していって、腹というものがやっとわかった。
よくよく考えると不思議だけど、医学的に観る腹の内部構造や機能と、整体的に観る腹の感覚は、まったく別のもの。
別のものなのに、普通の日本人の思考や精神の裡に、身体観として混在している。
混乱しないのだろうか、と我ながら思う。
医学的に観た内臓の様子は実証されたものということになっているけど、実際に世の中を観てみると、それとは別の原理で日本人は動いているだろう。
一度立ち止まってよくよく考えるべきではないでしょうか。
因みに音楽も同じだと思います。
私はあるポイントで音楽を西洋から伝わった楽理に沿って分析的に聴くことを止めました。