2018年4月4日水曜日

整体に型はあるか、ないか?『練習の仕方について(昭和32年9月13日)』

私は師匠から、「整体に型はない」と言われてきた。
それは師匠の実感からの言葉だ。
人を元気に出来ればなんでもいいということ。
整体のすべては氣によっている。

それはともかく、野口晴哉先生は、『練習の仕方について』という講義で、「練習は気楽にやってはいけないんです。生きてる体をかりるんですから、一つでも無駄のないようにやって頂きたいと思う。で練習の中で型をやる人は型というのは自分の体の癖をつけるんです」とおっしゃっている。

ここに野口先生の型の理解がある。
「自分の体に癖をつける練習。場所を覚える練習。それから呼吸と一緒に動作する練習、この三つが基本的な練習」とのこと。

この後、「素人の域を脱する」水準の操法の焦点を見つけ出す観察と設計の必要を説明し、そして「そこから今度は玄人の問題で、今度は人間の構造の観察が深まるに連れて操法する急所が変わってくるわけです」とある。

しかし、野口先生は前段でこうも言っている。
「押さえるというのは指の力で抑えるのじゃなくて、気合なんです。指でやる気合なんです。私は昔指を当てエイッと気合をかけて、そして操法をしておりました。段々気合を略しましたが略した気合を今度は指へ集めている」。

野口先生の言っていることは矛盾しているようだが、これは明治以前からの気合術の流れと、明治以後の海外からの医学的知識や技術も織り込んだ民間の療術との二つの相容れることのない技術体系が野口整体には混在していることによる。

私の直接の師匠は前者気合の要素が強く、そのため型はないと言う。
岡島瑞徳先生は後者明治以後の海外からの技術も含めた民間療術の要素が強かったのではないかと思う。

ここで「技(ワザ)」と「方法」の差異を明確に定義する必要があるが、端的に言うと「技」はマニュアルではなく教わった誰にも出来ることではなく、そもそも「技」を教授する際において均質な身体を前提としていない。
「方法」とはマニュアルであり、平均的な身体であるならば誰にでも適用可能なものだ。
そして明治以前の日本には均質な身体など存在していない。

岡島先生は比較的にではあるが「方法」の人であったと言える(その技術のすべてが、というのではない)。
師匠はあきらかに「技」の人なので、「型はない」と言ってしまうが、私のような凡人凡才は型がなければ「技」の内容が充実することはないよ、と思う。

ではかつての「型」は何処にあるのかというと、治療行為につながる操法の型は意図的に消去されてきた歴史がある。

つまり整体とは、真剣が中心におかれた身体操作術である古武術の型とは違って、治療のための型の歴史であり、つまり眼前の苦しむ人に対する人間性の発揮が型の中心となる。

ようするに、始めに氣があり、身体操作は二の次であり、しかしそれは明治時代以前の日本人固有の動作法を当然のこととして共有しえた時代の日本人の日本人による日本人ための氣であって、ポリティカルコレクトネスに毒された現在の日本でその氣を再現するのは不可能に近い。